余分
大抵のものは余分でしかないし、大抵の人間は存在からして余分だけど
今年は余分なことが出来るようにしてみようと思う。
と書いてみる。
余分なことの筆頭といえば文章を書くこと、だろう。
余分度が高すぎてあふれると文章になるタイプと
余分が跳ね回って回りやたらに絡むがごときタイプとがあるが
大体において余分が解消されきれないと文章になる
おそらく人類の次の何かが出てきたときにまず窓から放り出すのが文章だろう。
うわっ、これはいらねぇ、と。
それゆえに最も人間らしいではないか文章よ
余分だよ。
余分として生きる。
貴重な時間無駄にしてblog書く。
いや、もったいない。ゲームしよ。
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