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涙を流しつつ

いや鼻毛を抜いたからなんだけど。

ゲームについて書こうと思い、次のタイトルも決めていたんだが
書こうとするとどうも歯切れが悪い。
抽象的なゲームというものについて書くというのは駄目なパターンなんだろう。

では具体的がいいのかというと、それも生々しすぎる。
「想像力のない人間はゲームしないでほしい」みたいなネタとか。
これは割とマイルドなほうだな。
「あなたのプレイしているそれは本当にゲームですか」
という、まあ、書きづらいネタもあるが。

なんか小うるさいのはどうでも良い、俺がゲームしたいからゲームだ
という意味で「源平大戦絵巻」がいいゲームといえる。
考えているときだけがゲームって言う意味で。

逆にやらされゲーのやらされ具合の心地よさってのもゲーマーには必須。
Sの癖にゲームするから偏るんだ。
軽度のMだよ基本。人間があわせるんだよゲームに。

そんなわけでDead Nation。
PSNのトラブルのおかげで無料となってる典型的なヨーゲー。
カメラと操作感覚と見難さと難易度。
これが普通といわれると首を傾げざるを得ないがゲームだろといわれればゲームだ。
それがまた楽しい。

とはいえくびちょんぱとか血がどばーっなゲームばかりだとこれまた偏る。
ちょうどなんかまったりRPGを探していた某姉さんとsteamを探ってみる。
最初Alice Madness Returnやりそうだったからそれ違うって突っ込む。
アリスインナイトメアの続編出るな・・・って思ってたらMadnessとか。
これは暇なときに私がやるゲームとしてキープ。

無難にFable3とかDragonAgeとか出していたけど、ふとRPG項目に
思いっきりにアニメ絵なゲームが。
日本のゲーム会社は基本Steamに出さないのでなにかと思ったら
同人を向こうの会社が買い取って販売というスタイルっぽい。

んなわけでルセッティア。久々誰も死なないゲーム・・・でもなかったか。
敵殺してるし。血は出ないけど。かわいく倒れる程度だし。
むしろそれで殺し続けられる残虐性のほうが怖いんだがまあそれはおいとく。
Steamで売るだけあるな、と思えるゲーム性。
ただ和ゲーの下地だけでなくいろいろ細かいネタとか向こうに通じないだろうに、
なんだろ、nethackを日本人がやるようなものか。
Wizardryもそういう内輪っぽさがまた雰囲気出していたし。
あ、何度も書くけどM&M派だからそこまでWiz好きではないです。

とまあ具体的にゲームを書いたところで何が言いたかったかというと
次に書こうと思ったのは
「サラリーマンが仕事で作ったゲームなんかやりたくないよね」
というタイトルの文章。


うん。これは割と過激なのかもしれない。
でも
「サラリーマンが仕事で撮った映画」
「サラリーマンが仕事で書いたマンガ」
「サラリーマンが仕事で作ったゲーム」
という感じで並べてみてなんとなく。

このタイトルでゲームについて語るほどゲームの業界について
詳しくないから無理だろうなぁ、ということで、タイトルだけに留めたい。

あ、そのゲームの典型が昨年最強のあのゲームかなと今思ったり。

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一本を越えて

市井のゲーム研究家としてみても現状はいくら嘆いても嘆き足りない。
況やプレイヤーをや。

言い訳は幾らでもできるだろう。
ユーザーが望んだ道だといえばそうであるし、
ビデオゲームの文化としての寿命だといえばそうだし、
そもそも売れないのは事実である。
しかしなんと言おうと堕落には違いない。

確か、別役実氏が書いていたものに、
学生運動が家庭内暴力になって言った堕落というのがある。
確かに社会情勢からすれば仕方の無いことかもしれないが
それは紛れも無く、堕落、といえる。

さてそこで、プレイヤーには何を助言すべきなのだろう。
ここしばらくの私は、「英語を勉強しなさい」と言ってきた。
程なく洋ゲーの翻訳すら賄うことも出来なくなる。
そうなればあっという間に業界はなくなるだろうと。

非常に後ろ向きである。それは二つの意味で。
日本のゲーム業界に対する後ろ向きと
日本のプレイヤーに対する後ろ向きである。

前者はともかく、後者は裏切りである。
今にしても前向きな熱いプレイヤーに対してそれをいうのは。

では正しくはなんなのか。
それがタイトルである。「一本を越えて」

一本ソフトを買っただけだと一本。
二本買えば、二本。
大事なゲームを本当に守るのであれば、
一本買っただけというのはただ普通の人と変わりが無い。
二本買えば、一本分余分にゲームを支えられる。
非常に単純なことである。

と書くものの、それは異常行為である。
本来のゲームの、プレイされるものであるという所から逸脱し
ただのお金の話でしかない。
むしろ一本のゲームをゴミにする、冒涜的な行為ともいえよう。
(しかしそれを越えて切実に、ゲームは売れていないのだけれど・・・)

では何をすれば「一本を越え」られるのか。
ゲーマーなら、自分の胸に手をおいて考えてみてほしいと思う。
あなたは、あなたの最も好きなゲームにとって
何本の価値のある人間でしたか。

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