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旧仮名遣いとともに失われたものはもう戻らないのに

時折ふとその憧憬沸き起こり使おうとしても様にならず。

そんなわけで、宮沢賢治の作品を読んでます。
前に一度、全集で読んだ気がしていたのに、
読むたびにはじめて読んだような気がしてしまいます。

その流れで
「イーハトーボゆき軽便鉄道」別役実

一応、これも「づくし」系なのかな
づくし系って出版社違うから並べにくいんだよね・・・
この本は別役さんの文章の中でも読みやすいけど難しいが際立っているので
三度読みしてしまいます。

ファンタジーではない存命の日本人作家で別役さんより更に好きな人が
一人だけいるんだけど、最近読んでないので
今度本屋に行ったら買う・・・いや本棚が無いともうこれ以上は無理だ・・・

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今日は一日どうも空回り

ネタになるようなことも無く終わる。
苦言を呈するのも楽ではない、ということか。
特にそれが意味を持つような立場の場合は。

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りふれいん

起きる本読む風呂入る出かける帰宅するゲームする風呂入る本読む寝る起きる本読む出かける

何気なく繰り返される日々それぞれに意味は求めるべくも無く。
ただ微分すればその瞬間の心の趣が
積分すれば今に至る重みが

怒矮夫風雲録
怒矮夫はドワーフと読む。新鋭の書くドイツファンタジーをあえてこの漢字でいくのは
読むにしたがって、ありかなとは思う。
ちなみに女ドワーフは怒矮婦。
まあそんな感じで、全編アリだな、という感じで読めた作品。
重さと軽さが入り混じっていて、これがドイツかって思ったり。
立ち上がりにちょっと粗さがあるけど、その辺が乗り越えられれば
一気に読めてしまうかな。

なんか今年このブログ、本の話ばかり書いてるな。
私が読んでる本の話なんて誰が興味を持つのだろうか・・・
とはいえ今日も二冊また本を増やしてしまった。
いよいよ本の処遇に困る。

しかしふと思い出すと、父の書斎にはこの数倍の本があることに気づいた。
自分が本読みであったがために気づかなかったが
この癖は親譲りだったのだろうか。
ま、どうでもいいが書斎がほしいな。ひっこすかねぇ

久々に昔っぽくゲームしてたのが個人的には一番良かった

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ずれる

昼寝しようと思ったら、気づいたら普段の一日の睡眠時間より
多く寝ていた。
疲れているのかもしれない。
酸っぱいから揚げ定食を食べたからかもしれない。

おかげで何も書くようなことが思いつかない。
いろんなことが分からなくなっていく
色彩とか。

こんなに適当に生きていいのかという
とにかく苦しい思いを紛らわすためにゲームをするはずが
それすら感じなくなったので
何のためにこのゲームを行っているのかがさっぱりわからない。

ゲームなんてやらなきゃ良かった。
とは死んでもかけない人生だが。

テメレア戦記立ち読みしてきた。
最近のファンタジーブームは玉石混交ぶりが甚だしくて、
更には、翻訳者が足りないんだろうけど、日本語が残念なものが多くて
文章ではなくプロットを読むだけになっちゃって、手元に起きたい感が薄れてる。
これも無くていいかな・・・と思いつつさらっと読んだ。
個人的には処女作が長編だと、読ませる文章じゃなくてノリ押しなので
面白いと思ったとしても長続きしないから何度も読めないことが多い、気がする。
まあ、でも本当に面白いのはたいてい例外的な異能者だったりするので
結局作者のバックボーンしだいかもしれない

だから立ち読みなんだけど、うーん、買ってもよかったな、と思いつつ。
この方のバックボーンに、ゲームのNWNの元スタッフだったりするのがまた面白い。
ゲームっぽいかといわれると、悪い意味では、ない。もっと読まないといい意味では
わからない、かな。

しかし立ち読みした本について書いて買った本について書かないのは微妙だ。
まあこっちは読んでから。

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もーそー

今日は気温が高かったらしい。

昼に外に出たら、雪の表面が融けて滑りやすくなっていた。
そんな中ふとあらぬ妄想をしつつボーっと歩いていたら
車が盛大に跳ね上げた水をかぶってしまった。

ナルシズムな妄想にまさに冷や水を掛けられ
着替えも出来ないのでそのまま仕事することになり
なんだか熱っぽくなってしまった。

帰りに納豆カレー食べたので少し復活したけど。

そういえば昨日は違うもーそーを。
わたしのblogが去年のアルファブロガーに選ばれたらどの記事だろうかと。

そう思って一年を振り返ってみた。

続きを読む "もーそー"

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続異世界綴記-GWS編その353

responsibility

 今年初のguildwarsネタ。でもゲームネタじゃない。
 復活前もそうだったんだけど、私の場合
 ログイン直後にRAにいることが多い。
 ウォーミングアップと称してすぐさまenterする。

 だが最近はちょっと違って、enter押す前にチャットが気になる。
 USのチャットは、人が多いのもあるのだが
 ここ最近は政治ネタでかなり盛り上がってることが多い。
 個人的な趣味と、英語の勉強という実益を兼ねて
 それらを流し読みする。
 あんまり早いと半分も言ってる事がわかんないし
 特に議論となるといつも使っていない単語がいろいろ出てくるし
 しかもtypemissなのかslangなのか辞書にもなかったり。

 でも見てるだけでなんか、盛り上がってるな、と。
 これは米の国の人の特徴なのか。

 そろそろ解散総選挙があるので、JPでちょっと
 選挙ネタで盛り上げたらどうだろう、なんてguildchatで話したら
>「工作員乙」で終了
 これが、日の沈むところの国の特徴なのか。
 
 まあでも、私も飲み屋で政治論頑張ってる若造に
 付いていくよりはむしろ冷ややかな感じになったりするわけで
 まぁスーパーコピーライターの言葉の力で感涙するより
 明日生きていく仕事だけを気にするほうが健全な気がしなくも無い。
 言葉で食ってるマスコミには大変だろうが。

続きを読む "続異世界綴記-GWS編その353"

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今日の自分の中の自分探し

帰り道。
ふと口ずさんだ曲が何の曲かわからず
ずっと悩んでいて、部屋に戻って座ったときに、あっと思い出した。
その瞬間今度は曲のほうを忘れた。
その曲はばくばくアニマルのゲーム曲・・・

しかもかわりにでろーんでろでろの歌が頭に残ってしまいシャワー浴びても取れない。
結局苦労して
http://jp.youtube.com/watch?v=DARPFqGkfak
これを探し出した。

だが残念なことにでろーんは動画どころか歌詞すら無かった。
テクモの黒歴史か。ぎんくんさえあるのに。

やはり曲は大事だな、と思った。

ぜんぜん自分探してないな・・・

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思い出したくない記憶

ふと思い出したくない幼少期の苦い記憶を思い起こして
面白いことに気づいてしまった。
それはなぜか、その記憶の画面の中央に私がいる、ということ。

これはかなり良い防御機構だ。
その当時でそこまで達観している人間ならすごいんだが、
現実にはそうではなかった、と思われる。
いつからこうなったのかは分からないのだが
実際にはありえない第三者視点でしかその記憶が保存されていない。
無理にその自分の立場に立とう、と意識すれば出来なくもない気がするが。

ここまで第三者的に出来ているので我ながら感心してしまった。
その中から一つ具体的に書くのは、いささかためらわれる内容だが
自分としてはあまり苦しくないので書いてみる。

中学入学してすぐの新品の学生服の私が、
教室の後ろの席で座っていて、その周りを数人の同級生に囲まれている。
別の小学校から来た彼らは、入学早々からすでに徒党を組んでおり
彼らに私が何かいったので因縁をつけられているの図、だ。

イジメかどうかはさておき、釘を刺されたのは確かなようで
しばらくは目立つ言動をしていなかったように思う。
むしろ、言葉の使い方を気をつけるようになったように。

まあそんなたわいも無い話。

さてスナーク狩りを読み終えたので、更なる深みに誘われる。
一番下の段ボール箱から取り出したのは、ディスコミュニケーション
何で集めることになったかについてはいろいろないきさつがあるが
全巻揃える気も無く一部抜けてる。
まぁ、私にはこれといったフェティシズムが無いなぁと思わせられる作品。
いや、ほんとに。

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なるほど

ラベルをつけると安心するというのは便利な機構だ。

昨晩風呂に入ろうと思って服を脱いでメガネをはずして
風呂桶に足を入れたら何も無く底に足がついた。
おかげで全裸で一時間近くお湯を張るのを待つことになったわけで
比較的暖かったとはいえ外は氷点下。室内は10度くらい。
さすがにどうして暖房をつけられないかと自己批判した。

マゾというのは軽く使われるようになった単語だが、そのおかげで
マゾというラベルの意味が希薄になり、それでは解決しなくなった。
よってそれについてはここでは語らない。

でも関連していることは確かである。
つまり、この暖房をつけないというのはよくある自罰行為だと。
これにより苦しむ自分により、自分に対する不満足や怒りを和らげる
ということである。

私の場合、これを他人から強要されたりしたら絶対にやらない。
だから、お前寒いのが好きなんだろとか言われて窓開けられたりするのは
むしろ倍加した怒りをもって反応するだろう。
他人から虐げられることには全く興味が無い。
その辺がマゾとは違うんだろうとおもっている。

しかしまぁ、しばしば自罰行為するのは精神衛生上いいとはいえないな。
去年もあれだったし・・・
この程度の軽度な悪癖なら誰でもあるレベルだし、
エスカレートしてもまあ、さほど被害は無いだろう。
自分に対する思い入れというか理想が高くてプライドがあるために
現実との差が重くのしかかる、なんてただの自意識過剰な若造だな。

まあそんなことを考えつつ、風呂上りに「スナーク狩り」を読む。
これはなかなか読み進められないからしばらく読むのに時間かかりそうだ。

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人がゲームを選んで買うのだから、
ゲームも人を選んで当然という立場に立つゲームをプレイす。
選ぶだけの材料が合るかないかというのは
この際どうでもいいことのように思われる。
むしろ自分が選んだのか選ばれたのかもどうでもいい。

やるか(最後までやるか)、やられるか(途中で投げ出すか)。それだけ。

ま、再来週のためにとっておくものだけどね。

ついでにちょっと懐中時計についても調査。
いいなと思うものはあったけど、現物見たくなる。
ただ普段行くようなところじゃほぼみかけないからな・・・
あるとしたら表通りのジュエリーか、
質流れとか、まるで故買屋かと思うような裏路地か。

そういや新しい本屋の近くに古本屋も出来てたな・・・
梯子するには便利なのかもしれないが、あの店構造的に
危ないんじゃないかと思うがそれだけに罠を張ってるのかもしれない。
館内放送がいやに多かったし。本屋普通館内放送あんなにしないだろ。

ま、同じ本を同じ本屋で3回買ったことはあるが
お金を払わなかったことは無い。
本とゲームにお金払わなかったら、何にお布施するんだと。

とはいえ、昨年来からリアルで使い始めているのが
「クソゲーにお金を払うのはテロリストに身代金払うより罪が重い」
ま、基本的には
売れるクソゲーが売れない良ゲーを駆逐するさまを嘆く言葉なんだけどね。

私はクソゲーって言う言葉はあまり使わないようにしてたんだけど
わかりやすいから、いいか。
「自分を選ばなかったゲームのうち、こっちも選んでほしくないと思ったゲーム」
のこと、ということにしておこう。

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厳しい

さむい。
昨日食べ歩きをして帰ってきたら激しく腹を壊した。
寒いのに外を歩いた上に水を飲みまくり、
アイス入りサンデーを食べたからだろうが。

今年もまたPC以外の暖房をつけずに冬越しを狙っている。
去年は二月くらいに体調を崩して断念した記憶がある。

正直に言えば、暖房をつけないのはお金の問題とか
主義主張の問題ではなく、精神障害だと思っている。
もう十年くらいこのような生活をしているが、
暖房をつけるのが怖いのではないかと私自身分析している。
一人で暮らしているときに暖房をつけて寝てしまったために
なんかひどい目にあったとかそういうトラウマがあるのではないかと。
別に一度暖房をつけてしまえば、それからしばらく使うのに
何も戸惑いも無いのだが、今、この時点で暖房の電源を入れることが出来ない。

私自身それを覚えてもいないので全く不合理な話ではあるが
暖房が無くてつらい思いをするのは自分だけである。
仕方なく、起きて風呂に入り、昨日かって来た本を布団に包まって読み、
飽きたらゲームして寒さを忘れ、忘れられなくなったらあきらめて布団に入る。

シリアスではないネタのように見えるが
心を病んでいるというのは他人からは笑い話にしか見えないことがある。
本人もネタのように扱っているものの、正直どうしたらいいかわからない。
同じ苦しみを味わっていることは多いに違いないと思っている。
まだこれは人に言える話だから書けるのだけれど・・・

昼はイチゴだけを買って食べた。
おいしかった。
おかげで晩はまた食べられるようになりそうだ。
またカレーを食べれば元気になるさ。
そしてゲームできれば特に言うこともない。

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勝利条件

勝利条件の見えない戦いほど苦しいものはないだろうに
心も痛むが考えると頭も痛くなるあの地域の戦争。
しかしそれ以外の部分が痛まないのは幸いなのか。
もはやこの状態が当事者にとって幸せなんじゃないかと詭弁を弄したくもなる。
とはいえ、実際儲けるのは死の商人か。
景気のカンフル剤として更なる紛争拡大を期待している向きすらある世界。

昨日の本は「流れ行く者」。守り人シリーズの短編集。
守り人シリーズは私の中では、墨攻を抜いて現代日本人(生きてる人)の
ファンタジー最高作品かなと感じてる。
ま、私の読む本は偏っているので読んだことがない名作があることは
私も分かってるけど、私の琴線にここまできれいに共鳴するのは
絶えて久しくなかった、というくらいに良かった。
ゆっくりゆれる船の中で、太平洋を前にしながら
一日掛けてゆっくりとこれを読みふけったあの贅沢な日。

ここの短編で出てくる「ススット」というゲームは
サイコロと駒とボードを使う多人数対戦ゲーム。
架空のゲームをここまでうまく絡めた小説はなかなか無い。
というか、作者にこの手のゲームに関する知識があるとしか思えない。

しかも、このゲーム勝利条件が決まってないようだ。
それをストーリーの最後に持ってきている。
最後に「領土を確保したプレイヤー」と「お金を大量に得たプレイヤー」の二人がいて、
それで終わっている。
これを私は読んだとき愕然とした。これでは対戦ゲームにならないだろうと。

その裏には、このゲームに2面性があるというのがある。
ちょっとその部分が説明過ぎるのがこの短編の瑕かとおもうんだけど
まあそれはともかく、ほとんど同じルールでありながら
一晩で終わる賭けの対象になるゲームと
数年賭けてプレイヤーが増えたり減ったりしても続けられるゲームの
二通りの楽しみ方があるという。

二人は同じルールでありながら、違う勝利条件のゲームとしてプレイした
というその部分の面白さ。
これはゲームが分かってない人に果たして分かるだろうか、と
かなり疑問に思いつつ、ゲーム好きとしてはたまらなく面白い話だった。
分かっている人に伝わるように書けば
「長年付き合ってる知り合いとの対戦」と「野良試合」との違いみたいなものなんだけど。

ま、ともかく、こういう懐の深いゲームはいいよね。
他にも書きたいことがあったけど、もうこんな時間だ。

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ガルフウォー(カードゲーム)

知っている人がいるだろうか、
ガルフウォーというカードゲームを。

いや知らないだろうな・・・私の作ったゲームだから。
総プレイ人口10人以下だ。

当時4歳だった私は、東西冷戦を青のアメリカ-赤のソ連に
対応させたUNOの新ルールを模索していた。
そんな折に、湾岸戦争が勃発し、連日報道されるその映像や
「砂漠の嵐作戦」、「パトリオットミサイル」に影響され
ガルフウォーというゲームにしてみた、とされる。

幾度となく徹夜でプレイしたり、キャンプ行ってプレイしたりした結果
かなり洗練されたものとなった。
ただし問題は「私しかルールを把握できていない」ということだった。

厳密にルールを定義し、印刷して持ち歩き布教したにもかかわらず
かなりはまっていた友人ですら、
「え、この場合スカッドミサイルがパトリオットに打ち落とされるんだけど、
こっちのトマホークはどうなるの」とかの判定が出来なかった。

何でこんな恥ずかしい話を思い出したかというと、
なんだっけ・・・

ああ、勇午読んだからだ。昨晩。
それで思い出したんだった。

そんな私もルールは断片的にしか思い出せないので
もうこのカードゲームは存在しない。
まぁ、言語と同じでゲームも話者(プレイヤー)がいなければ滅ぶ。
例えROMが存在したとしてもプレイされないゲームは滅んだゲーム。

暇なときに思い出しつつルールをまとめてみようかな。
ちょっと前ならイラク戦争なんだろうけど・・・

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俺の巣の壁は本で出来ている

年末知り合いの家に行ったら、マンガが塔のように積まれていた。

私のところは、基本的には面だ。
床に敷いてある。
カバーを必ず掛けるので汚れもあまり気にならない。

そんな中から寝る前に適当に本をつかむ。
昨日は「Avalon 灰色の貴婦人」

映画より面白い、んだろうけど、
最初に読んだときはどうも馴染めなかった。
何せリアルすぎる。当時の自分にとって。

さすがにゲームで生活は出来ないので、糊口を凌ぐために
働きには出てたものの、
犬飯を食らいつつ端末の前でほとんどすごしていた自分。
ゲームの対義語としてリアルが存在していなかった。

当時に比べゲームしなくなったなぁと思いつつ今読むと
なぜあんなにゲームしてたのか分かりそうな気がしてくる。
後ちょっとのところで分かりそうなんだけど。

おそらく今年もそんなにゲームしないんだろう。自分としては。
憂うべきことなのかはさておき。
卒業という言葉は軽々しく言えないんだけれど
現役の患者(プレイヤーというよりこっちのほうがよかろう)の
熱狂を横目で見つつも入ることはなくただ懐古するだけ。

その一線のコントロールが分かった後で初めて分かる
「ゲームの嗜み方」を模索すると、かっこつけて言って見るとしよう。
弱冠20数歳でそんな大人ぶってもかっこよくはないか。

去年は手をつけたっきりになってた、TRPGもやりたいね。
もう少し長期にわたってやる計画を立ててみよう。
ま、そんなわけで、巣の壁は本で出来てるけど
中で食べてるのはゲームという生活はかわらなそうだ。


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身の程知らず

初夢は書けばまた娘に笑われるので書かない。
砂浜とか。

ここ数年来探してるのに、肝心なときに忘れてた。
せっかく東京にいったのに、時計探ししなかった。

男のおもちゃといえば時計と車。
わたしは車はまったくだめなので、時計しか残ってない。
それで、高校生のころから懐中時計使ってたんだけど
二代目壊してしまって以来数年持たなくなってしまった。
今年こそ入手しよう。

そんな散財を夢見られるのも今のうちだけ、か。
吝嗇ではないんだが、お金の使い方が良くわかっておらず
普段の暮らしがグダグダなので
大きな買い物といえばPCとか家電になってしまう。

何のために働いてるのかねぇ。
明日のゲームのためか。
ま、"I play for neta"だし、生きてるのもゲームだ。
結構クソゲーだとわかりつつあるが、人間は。

あ、私だからか。

人生之クソゲー

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兎に角

明けたみたいなので、おめでたいらしい。

今年も、ちょっと不幸で、ちょっと不健康で乗り切れて、
そのぶんあなたがちょっと幸福で、ちょっと健康でいてくれたら
私も、たぶんあなたも、ちょっとうれしい。

ほとんど考えないし、ほとんど変わらないんだけど
ちょっとを考えて、ちょっと変わって
ちょっと先を見てる。

そんな、ちょっと、な年なら、いいかなと思ってます。

ま、ちょっとだけ。

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