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2006/09/03

それでもあえてguildwars-その2

・悔しさのはて

 さて取りとめもないguildwarsの話を続けます。

 数年ほど前の私は、アーケードの対戦格闘ゲームという
 因果な世界でやってました。
 一対一、勝ったものは残り、負けたものは去る。
 しかもそれ以上のものは何もない世界。

 ゲームの中でも、勝ちによって明確に得られるものがあるものがあります。
 賭博と呼ばれるものたち。
 金銭以外の明らかな勝ちの報酬もあります。
 勝つ事で名を残したり、名誉や賞賛といったものなどが入るゲーム。

 賭博なんかは不健全といわれますが、
 こうした価値の見える報酬は自然なものでもあります。
 ゲームに深入りしてしまい、もっと違うものしか見えなくなるよりは。

 guildwarsにも、数々の報酬もあるし、guildrankやfameといった
 見えるものもいろいろ用意されています。
 でも、実際にそれを目指している人は一握り。
 今のこの戦いに駆り立てるものはなにか。

 私は対戦格闘ゲームでも勝てるほうじゃありませんでした。
 にもかかわらず、深入りした度合いはかなりのもの。
 それは誰よりも負けていたから。
 一度悔しさのはてにあるものを知ってしまうと
 負け無しでは価値がないということに。

 負けて悔しくて、勝とうとするその過程の楽しさ。
 こればっかりはなかなかいいゲームに出会わないと味わえません。
 自分に合っているということも重要なこと。
 いわゆるゲームのバランスというのはここにあるものだろうと。

 負けたときに悔しさを素直に感じれるところ。
 そこから勝ちへの過程が一本道でないこと。
 有利不利や相性がかなりあるにもかかわらず
 上手くいくのと行かないの差が明確なこと。

 そして、一番大きいのは、guildwarsそれ自体が
 これらを楽しめるようにゲームが作られていること。

 いわゆるおまけPvPや、延命策としてバランス取りでなく
 それ自体がguildwarsの命となるように作られているために
 安心して、しかも諦めなくプレイできるわけです。

 逆に、そこが崩れたり、プレイヤーに受け入れられなくなったとき
 何も残るものがない怖さがあるわけですが。

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